2018-10-14

「やる奴はやるし、やらない奴はやらない」の違いは何か?(後編)

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「やる奴はやるし、やらない奴はやらない」の違いは何か?(前編) からの続きです。お読みでない方は、まず前編からどうぞ!

前編では、〈好機〉を知ることよりも、〈好機〉を察知できる感覚を磨くことの方が大切だと言いました。そして、どうすれば、〈好機〉を察知できる感覚を研ぎ澄ますことができるのかについて、今回は書いていこうと思います。

僕が2003年の好機を知らず、それを、いてもたってもいられない感覚で迎え、しかも、それを実行に移した経緯からふれておきましょう。

2002年頃、娘が来年、小学校に入学するタイミングで、当時勤めていた会社に昇給の懇願をしました。自分ではかなり会社に貢献していたと思っていたのですが、その願いはあっさりと断られました。このことがトリガー(引き金)になって、僕は起業を考えるようになりました。自分や家族のことについて親身になれるのは、この僕だけなのかもしれないと、漠然と感じたからです。

僕が、どうして昇給の懇願をしたかというと、自分に嘘をつかず、正直に生きなければと思ったからに他なりません。すなわち、自分は、今いただいている給与以上の仕事をしていると・・・。

自分は何者で、僕は、他ならぬ僕であるという核心が欲しかったのです。今から思えば、アイデンティティ(自分が何者か認識すること)という、この世界にたった一人しかいない僕という証明がしたかったのでしょう。

わかりづらいかも知れませんが、他人がどのように僕のことを思っているかというよりも、僕が、どのように僕のことを思っているかの方が、重要なのです。それが、自分に嘘をつかず、正直に生きると言うことです。

僕が、自分に嘘をつかず、正直に生きようと決めてからというもの、他人に対しても心が広くなりました。「この人も、自分に嘘をついていないのだろう(その真偽はともかく)」と、容認できるようになったのです。そして、〈自分に正直に生きる〉を実践しはじめてから、自分に何が必要で何が必要でないか、何がやりたくて何がやりたくないかと、他人の顔色を見るのではなく、自分に正直で嘘はないかという視点で何ごとにおいても決めました。

それが結果的に、〈好機〉を察知できる感覚を研ぎ澄ませたのだと、僕は思っています。あなたがどのようにあなたのことを思っているか、そして、その思いに嘘はないか、今一度、考えてみてください。自分に嘘をついている間は、〈好機〉の察知などあり得ないのです。

自分に正直になることは、勇気がいることです。「常識がない!」と言われたらどうしよう?そう思うかも知れません。しかし、そんなときは、アインシュタインの言葉を思い出しましょう。

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことだ
アルバート・アインシュタイン

持つべきものは、常識ではなく、良識(人類的な常識)です。それよりも、自分に正直で嘘のない人生を歩もうではありませんか。

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