2019-01-27

科学で証明できないほど壮大な世界観を求めて

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ポテンシャル=その可能性としての力のつづきです。まだお読みになっていない方は、先にそちらからどうぞ。

今回は、僕が何を信じて生きているのか?を書きたいと思います。

このブログの過去記事にもありますが、僕は18歳のときに、大叔母の紹介で霊能者のTさんにお会いしました。このTさん、本業は庭師ですが、幼少から霊感が強く、よく未来のことを言い当てていました。僕の大叔母も、Tさんには日頃からなにごとも相談をしていたと聞いていました。

そんなTさんが、当時、僕の家まで出向いてくれて、こんな話をしてくれたのでした。

「あんたのことやけど、針でつついたような小さな小さな穴が、遠い遠い向こうに見えていて、その穴から光がもれ出ていて見えてるんや。せやから、あんたは必ず成功するで」と。

それはいつ頃ですか?とたずねたところ、Tさんは苦笑いをしながら言いました。

「ずいぶんと遠い遠い向こうの方やから、そやなぁ~、60歳くらいとちゃうかな~まだまだ先やで~」

僕は当時18歳でしたから、42年後の話をされたわけです。

それから41年(2019年現在)の月日が流れました。もし、算命学と出会わなければ、おそらくTさんのことは忘れていたかも知れません。もはやそれくらい、41年前は、遠い遠い向こう側へと流れていっていたはずです。

しかし、僕が算命学と出会い、大運天中殺という宿命を知ったとき、Tさんの言葉がありありとよみがえりました。

僕の大運天中殺が、59歳からの20年間ということと、「60歳くらいとちゃうかな~まだまだ先やで~」というTさんの言葉との符合。この二つが符合した瞬間、僕は、何を信じて生きれば良いかを悟ったのです。

この二つの符合には、科学的根拠は一切ありません。ましてや、この二つのどちらにも、科学的根拠はありません。いや、もっと掘り下げていうと、僕は、科学的根拠にすら興味がなくなってしまいました。

科学は、ある意味進化途上で、未完成です。完成すらしないかも知れません。それよりも、科学で証明できないほど、壮大な世界観の方を、僕は信じようと思ったのです。

この壮大な世界観を「ジブんワールド」とし、あなたにも体感して欲しいというのが、これからの僕の夢でもあるのです。

 

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