2017-10-08

(後編)売上げが伸びる人と伸びない人の思考と行動の違い

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私事ですが、10月2日から職場(施設警備)復帰しました。脳出血で倒れてから約7ヶ月間の休職でしたが、後遺症もなく復帰できたことは、おそらく奇跡と言って良いでしょう。しかも、大運天中殺に入る前というタイミングでしたので、「これからは本気で使命を全うせよ!」と言われているようで、身が引き締まる思いです。今後は、このサイトの更新が「週一」位になってしまいますが、今後とも、よろしくお願いいたします。

さて、前回のつづきです。

「トコトンやれば・・・」なんて言っても、それができない・・・ ・・・ ・・・

と書きましたが、人間は、切羽詰まった状況におちいると、誰でもそれを回避しようとして、それを乗り越えようと行動します。要するに、「一刻を争う事態・ 後がない状況・差し迫った事態」に直面すれば、人は動けるのです。その能力は、誰しも備わっているとみて間違いはありません。

しかし、その状況に入るタイミングが、人によって違います。

たとえば、算命学の星で言うと、〈鳳閣星〉を持っている人は、一刻を争う事態までの境界線の幅が非常に狭く、ギリギリにならないとやりません。逆に、〈司禄星〉を持っている人は、後がない状況までの幅が広く、かなり前から計画性をもって準備にかかります。いずれにしても人間は、やるときにはやるのです。

ただ、困ったことに、切羽詰まった状況におちいったとしても、途中で投げ出してしまうという選択があります(最悪の場合には死にます)。これが、人生の分岐点です。私たちには、このような分岐点が無数にあって、人生が〈陰〉にも〈陽〉にも転んでいきます。

人生において、この分岐点で一旦〈陰〉に転びはじめると、自分以外の救いや助けがないかぎり、止めることがむずかしくなるでしょう。たとえ、自分以外の救いや助けがあったとしても、それに気づきもせず見過ごしてしまえば、トコトン行きつく所まで行ってしまうでしょう。

僕の場合で言うと、もしかして今回、脳出血で倒れなければ、〈陰〉に転びはじめていたかも知れません。倒れたことが自分以外の救いや助けだと考えられなければ、文字通り僕は、救いようがなかったと思っています。

人生には、ある程度の猶予がありますが、逆に、最後通牒を突きつけられるときもあるのです。そこで、自分自身ではどうにもならないときに、誰が助けてくれるか、そして、それを千載一遇のチャンスと必死でしがみつけるかにかかっているのです。

前世で最後通牒を突きつけられつづけ、一度もそれを乗り切ってないのだとしたら、今生では同じ轍を決して踏まないようにしなければなりません。僕が、算命学で言う「北天運」に生まれてきているのは、それが何よりも証拠なのですから。

 

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