2017-12-21

生年月日が同じであった信長と貧乏和尚のお話(前編)

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ここに興味深い、歴史資料があります。

円山賢詳という人が、大正時代に著した『落葉の籠』に〈信長公と貧乏和尚〉という、2ページにも満たない散文があるのですが、算命学を知っている者にとっては、実に興味深い内容となっています。

要約すると、信長が尾張の清洲より出て国内を攻略し、名将軍となって大いばりであったある時、自分の生まれ故郷清洲に帰省しました。その際、領内に次のような触れを出したのです。

「自分と同じ誕生日の者がいるならば、出て来い!」

そして、信長は、仮にも自分と同年同月同日同時刻に生まれた者であれば、少なくとも郡の役人か、庄屋くらいの身分であろう、と考えていましたが、なんと禅寺の、しかも極貧の和尚が現れました。

信長は、誕生日が同じというのに、こんなにも境遇が違う禅僧がと、不思議がりましたが、和尚は、意外な反応をみせます。

和尚は、少しも嘆く様子もなく、大声で笑って、「おっしゃるとおりであるが、私とアナタとは、わずか一日だけが違うのです。」と・・・。そして、さらに和尚は続けます。

「アナタは今日では天下の大将軍、幸福もこの上ないでしょうが、世の中、一寸先は暗闇です。明日になれば、どんな不幸に合うかも知れません。私も今日は極貧の僧ですが、明日になれば、どんな好運がやってくることか。明日からあとのことは、その日にならなければ分かりません。だから、私とアナタの違いは、今日一日だけなのです」と。

これを聞いた信長は、大変感心して、和尚に褒美を出したそうですが、その後、信長は光秀に殺され、極貧の和尚は、褒美の大金を手に入れて、しあわせな余生を送ったということです。

さて、この話が真実かいなかは検証できませんが、非常に示唆に富んでいます。

〈 続編につづく 〉

 

●信長公と貧乏和尚

『落葉の籠』 著者 円山賢詳 編〈出版年月日 大正15〉 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

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