2017-05-22

僕たちは操られているのだからあえて操られよう

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僕のシゴトは、いわば、相談業だと思っています。あるときは〈助言〉し〈励ま〉し、またあるときは〈諭〉し〈促〉しながら、クライアントの人生そのものに関わります。しかし近頃、妙な感じでクライアントとの関わり方が、少しずつ変わってきたのです。

以前は、全力でクライアントと関わってきました。クライアントと寄り添い、耳を傾け、誠心誠意つきあってきました。必死な感じです。でも今は、それがないのです。こんなことを書くと、いい加減な関わり方をしていると思われるでしょう。でも、なかばそう思われても仕方がありません。もちろん、投げやりに〈助言〉したり、中途半端に〈諭〉すこととは違います。全く力まず、ニュートラルに接することができるようになったのです。

僕にはコンサルもコーチもいませんが、つい最近までコーチをつけていました。これまでに、過去8人のコンサルやコーチに関わってきました。なので、コーチをつけているクライアントの気持ちは、よくわかります。

コーチとの時間が来ると、一人でいるときの自分とは違う自分になります。たとえば、「宿題をしてきませんでした」と言ったら何て言われるだろうとか、落ち込んでいたら、どう励ましてくれるだろうとか、この成果にどんな反応をしてくれるだろうとか・・・、いちいち考えるわけです。当然、コミュニケーションするわけですから、感情にも変化が表れます。でも今、その感情の変化が、どうしてか微妙に気持ち悪くなってきました。

一人で自問自答していたら、たとえ感情の変化があったとしても、コーチといるときとは違います。いわばニュートラル(自然体)な状態です。もっと深くとらえると、ひらめきは想像を超えてふりそそぎますが、そこに見えない何ものかは感じても、第三者(人)の気配はありません。

あえて言うと、僕はそんな存在にはなれないだろうかと思うのです。クライアントは、僕と話しているけれども、実は僕とは話していない。クライアントも自分が話しているようでいて、実はクライアントの背後にいるものが話している・・・。どうしてこんな不思議なことを書くかというと、最近クライアントと話していて、こんな感じになることがあるのです。

今は、模索し発展途上の段階ですが・・・僕たちはマリオネット(操り人形)で、必ず背後に操っているものがいます。なので、操っているものの気配を感じ、あえて操られようではないかと思うのです。人形が勝手に動き出すことは、できないのですから。

 

 

 

 

 

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