2017-05-17

もっと自由な時間が欲しいという渇望感は時間では解決しない

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持ちモノを厳選してミニマム(最小限)にすると、もっと自由な時間が欲しいという渇望感がなくなりました。それは、単に時間的な余裕ができたから、だけではなさそうです。

モノをミニマムにしていくことは、僕にとって、この上なく心地よい行為となりました。たとえば、棚に上げて後まわしにしていたことが、次々と解決していきます。なぜなら、棚の上にあったモノを棚から下ろして広げてみるスペースができたからです。これは、実際のモノ(物理的)でもですが、生きていく中でのこまごました案件(精神的)も、芋づる式に解決していこうという気持ちになるからです。それは最初緩やかですが、ある時点(臨界点)をすぎると劇的に変化しはじめます。

僕の場合の変遷は、身のまわりの〈小物類〉〈文具〉〈道具〉〈書類〉〈本〉〈PC周辺機器〉からはじまり、〈財布〉〈キャッシュカード/銀行〉〈クレジットカード〉〈ポイントカード〉、〈プロバイダー〉〈携帯電話〉〈インターネットのサービス〉、〈食〉〈健康〉〈趣味〉などさまざまですが、今後もさらなるミニマム化が進むと思います。

それにより、僕は、自由な時間の考え方が変わってきました。

「もっと自由な時間が欲しい!」という渇望感の存在は、そもそも自由な時間がないからではありません。〈自由な時間がなくなっている〉という〈不安〉から、それは生まれます。なので、その元凶である〈不安〉をのこしたまま、やっきになって自由な時間を創ったとしても、渇望感は消えるどころか膨らんでいく一方なのです。

棚にあげてスペース(時間)を創っても、意味がありません。本当に自由は時間が欲しければ、あなたのキャパシティ以上のモノ(物理的・精神的の両方)を、金輪際持たないことなのです。

 

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