2017-08-03

本当に生きる、ということは、死んでもいいということだ

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本当に生きる、ということは、死んでもいいということだ。

これは、岡本太郎の言葉です。

僕たちは、どうして生まれてきたんだろう?と、一度は考えたことがあると思います。シンプルに考えれば、人生なんて生きるか死ぬかの選択でしかありません。しかも人間のみ、それを選択することができます。生まれてくることは選択できないという人もおられますが、僕は、しっかり自分で選択して生まれてきたと思っています。

僕は、本当に生ききりたいと、願っています。死が訪れようとする瞬間、もし意識があるのなら、「生ききった」と確信できたら幸せです。

ちょっと誤解されるかも知れませんが(そんなのかまいませんが・・・)、僕は死別を哀しいと思うことはありません。もう会えないと泣くこともないでしょう。万が一、僕がどなたかのお葬式で涙を流していれば、それは、一時の感傷であって、哀しいからではありません。また、どなたかのお葬式で笑っていたとしても、それは〈生ききった〉方への本心から笑みです。たとえ、本人に〈生ききった〉という確信がなく、不慮の事故であっても、泣くことはないでしょう。

なぜなら、今生でお目にかかっているように、来世でまたお会いできるからです。だからこそ、たとえ「こいつ~!」と思うような輩があらわれたとしても、「今生でまた、こいつに会ったのには、どんなワケ(理由)があるのだろう?」と考えれば良いのです。

あなたは、壮大な時間の流れの中に、生きています。そして、今ここで、生かされています。

「もう死んでもいい」と思う瞬間が来たとき、あなたは本当に生きたと言えるのです。

 

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