2017-10-21

人生経験に無駄はないけれど今生で積むべきあなた独自の経験がある

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今から書くことは、あくまでも仮定です。僕が実際にお会いして聞いた話や、本で読んだことを、総合して得た結論です。なので、「これは、絶対ですよ!」とは言いませんが、僕なりに「これだ!」と、帰着しました。

葉室頼昭さん(1927年~2009年1月3日)という、医師から春日大社の宮司になられた方がいらっしゃいます。

この方は、運命的なことから、大阪の大野外科病院の院長に就任されました。この病院は、内臓外科が専門で、葉室頼昭さんの専門は形成外科でした。形成外科とは、再建外科とも呼ばれ、例えば、先天性の口唇裂(俗称:三ツ口)や火傷、皮膚のしこり、ホクロやアザ、皮膚ガンなどを治療する科です。この大野外科病院には、形成外科がなかったので、看板も出すことができず、看板がないと当然のように患者も来ません。

途方にくれる葉室頼昭さんは、患者探しに奔走しますが、結果が出ません。そんなとき、偶々(たまたま)選挙で大阪に来ていた参議院の議員と出会い、この話をされました。すると、それは願ってもないことで、こちらも困っていたことがあるんですと・・・。

「助産婦が赤ちゃんを取り上げたとき、顔に変形があると紹介する病院がなく、ぜひ、助産婦の機関誌であなたの病院を紹介したい」と言うことになり、それ以降、全国から患者が押し寄せたそうです。

このエピソードは、葉室頼昭さんの『〈神道〉のこころ』(春秋社)からの抜粋ですが、経験が無駄なく、今後の人生に活かされていく様が、この著書から読み取れます。

『人生経験に無駄はない』と言います。僕も、どんなことも経験だと思っていました。

たとえば、今回のエピソードのように、願いがアッサリ叶う場合と、そうでない場合があります。そうでない場合、「やり方が間違っている」とか、「時間がもっと必要だ」など考えてしまいますが、実は、もっとシンプルな理由があるのではないでしょうか。

それは、あなたにふさわしい経験をさせるための願いは、アッサリ叶う、というものです。「100万円が欲しい」と願っても、それがあなたの人生において〈生き金〉か〈死に金〉かによって、手に入るか否かが違ってくるのです。

「あの人は、運が良かっただけだ!」と、人をうらやむことがありますが、それは間違っています。それは、運が良かったのではなく、その人にふさわしい願いが叶っただけなのです。

春日大社宮司退職後の葉室頼昭さん最後の著書、『神道おふくろの味』の〈はじめに〉で、こんなことを書かれています。

「春日大社宮司の職は、目的ではなく、経過にすぎません。この肩書きを脱ぎ捨てて、病気の苦しみを乗り越えたら、神と一体となる日本人の真実の人生が現れることでしょう。」

そもそも人生とは、目的を果たす〈場〉ではなく、経過を積む〈場〉なのかも知れません。そして、あなたにふさわしい経験の蓄積から、何かが生まれるのです。

 

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