2017-04-15

18歳の時に霊能者がくれた贈り物

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これは、僕が高3の時の出来事です。

父方の祖母が食道ガンで入院していました。抗ガン剤や放射線治療を受けていましたが、見た目は以前と変わらぬ祖母でした。ただ、口から食事ができず、胃に直接チューブを入れて流動食をとるという、言うなれば、食べるという楽しみを奪われた入院生活でした。

そんな折、親戚の紹介で、ある霊能者(Tさん)が我が家にやってきました。霊能者と言っても、本職は庭師です。大平正芳元総理の庭師もつとめた方で、見た目は普通の人でした。ただ、幼い頃から霊感が強く、未来のことがわかるのだそうです。来られて開口一番、本人自ら出向いて鑑定をすることは今までになかったらしく、「なんで来たのかようわからんが、来てしもたわ」と言われたことを覚えています。

そのとき、僕と、母と、親戚の伯母と、Tさんの4人で膝を交えていました。そもそも、何を鑑定して欲しかったのかというと、祖母のガンと言い、母の病弱と言い、我が家では、不幸や苦労が長年続いていたからでした。母が話を切り出しました。

「義母の病気は、いつ頃治りそうですか?」

すると、間髪を入れずに、Tさんはこう言われたのです。

「すぐに、坊さんの用意をしなさい!」

僕たちは、本気で冗談だと思い、「そんなアホなこと・・・」と半ば笑いながら答えました。言うまでもなく、坊さんの用意というのは、葬式の準備をしなさいと言うことです。放射線治療が功を奏し、ガンもようやく縮小しだした矢先だったのでなおさらです。

「まぁ、そのうちわかるわ・・・」

Tさんのその一言が、冗談ではないことを物語っていました。そして、ちょうどその日から一週間後の早朝、祖母は、食道の動脈瘤破裂で亡くなってしまいました。今から思うと、一週間後と言うことも、そのTさんにはわかっていたのだと思います。Tさんの話は、それだけではありません。母は、僕のことも心配して、こうTさんにたずねました。

「この子は、将来どうなりますかね・・・?」

当時、18歳だった僕は、病弱だった母に代わって祖母を看病したり、家事全般をしたりして、本来すべき大学受験の勉強は二の次でした。Tさんは、この母の質問に、こう答えました。

「真っ暗闇の向こうの方に、針でポツンと突いたような小さな光が見えるな・・・ずいぶん先の話やけど、必ず成功するで、この子は。」

気を良くした母は、さらにたずねます。

「ずいぶん先って、何歳ぐらいですか?」

しばらく間をおいて、Tさんは、

「60歳くらいやな~、まだまだ先やで~」

その時母は、42年後の60歳の息子をイメージすることなんてできませんでした。当然、僕も同じです。60歳と言えば、当時の祖母が62歳でした。帰り際、Tさんが言いました。

「わしが、何でここに来たかわかったわ。」

すかさず、私が「何でですか?」と、たずねても、Tさんはただ微笑むだけで、答えてくれませんでした。僕は、祖母の死を機に、本来見えないものが見えるようになりました。そして、Tさんの予言は、それから27年後の算命学師との出会いによって、驚くべき展開をみせました。Tさんには、その時すでに、すべてがお見通しだったのでしょう。残念なのは、もうTさんは亡くなっておられるので、それを確認するすべはありません。

僕は、この世の中には、人間の計算ではまだまだわからないことが、たくさんあること思っています。この出来事は、ほんの入り口に過ぎませんでした。

 

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